山王窪の築樋(Vol.2)

20250619072633

仙川の水源方向に、川の情報を横切る整備された歩道があり、その傍らには築樋(つきどい)の説明板がある。





20250619072637

この部分が、整備された歩道で、かつて小金井用水があったとされている所である。この表現には違和感があるのだが、それについては後ほど記すこととする。現実問題として、用水路は見当たらないし、そのようにとらえられても無理はないだろう。





20250619072641

その築樋を離れて、脇から見るとこのような形となる。もともと仙川が谷間に存在したのだが、用水として運ばれてきた水を谷を越えて供給するために、谷を越える大きな橋というよりも堤防状の土木構造体を築き上げ、その上に用水路を設けてその水を通したのである。写真には小金井用水と記してしまったが、出来上がった当初は小金井村分水と呼ばれていたらしい。そして、そのころは、小金井市を流れる砂川用水系統は、そのまま砂川用水と呼ばれていたような記述も見られる。





20250619072646

その仙川は、左方にある水源方向から谷間を流れてきていた。先日、Facebookに投稿をお知らせしたところ、友人の宇野氏より、仙川の水源について詳しく調べ、自らも執筆された184magazineをご紹介いただいた。もし、興味のある方はご覧あれ。この地域の湧水について詳しく知る良い機会になるだろう。特に、国分寺崖線あたりに多数存在する湧水群を起源とする河川、およびその痕跡が多数残っている地域である。決して不思議な話ではない。





20250619072649

改めて築樋に戻り、その上から仙川下流方面を臨む。写真からもわかる通り、かなりの高低差があり、水をたたえていた時代であれば豊かな景色が見られたであろう。





20250619072653

その築樋を通り抜けると、そこは一般道。ごくごく、何の変哲もない小径である。ただし、自分には普通とは異なる部分があることに、既に気がついていた。





20250619072709

振り返り、築樋方面を見る。おりしも、地元の方が、犬を散歩させている最中、ごくごく普通の生活が刻まれている場所であることを感じる。そして、この『遊歩道北2云々』の表記を見ると、何も知らずにここを通る人は、遊歩道以上の何物でもないと思うだろうな。





20250619072725

先ほどの、何の変哲もない小径の写真の左に写る柵の中、ここでかつて水を運んでいた用水路の姿がある。一般的に、用水路は農業用の灌漑設備であるため、個人で勝手に取り壊したり埋め戻したりすることは出来ない。地方自治体や、農業協同組合、ほか水利団体等が管理しているために、その管理団体の許可を得なければ改変することもできないのである。ちなみに、玉川上水の規模になると東京都水道局の管理となるため、今度は都の許可が必要となる。





20250619072752

恐らく、そんな理由で、築樋の下には、この用水路の続きが埋設されていると思う。その歴史に触れながら情報を探していたところ、法定外公共物(里道・水路)の払い下げ等を実施(小金井市)という情報に行き当たった。つまり2021年7月に、市が不要だと判断する水路の払い下げ等を行っているということで、場合によっては、現存する用水路も市の判断で部分的に取り壊され私有地になるかもしれないということだ。あくまでも私的な考察の域を出ないが、筆者の実家近くを流れる砂川用水が完全に暗渠化されたのは1980年前後、中学校から高校に通っていた頃と記憶している。そのころは、確か水流もあり、ということは、もしそれが小金井市まで到達していたら、ここもまだ水流があったはずである。この築樋を通った水の一部は、このまままっすぐに南下して、筆者の居住地近くまで到達していたという記録もあるので、今度それをめぐってみようかと思う。いつになるかはわからないが。









つづくような






Cadena Latina Grande2025 Final : 2025/9/27





Editor CABEZÓN